元ひきニートが社会復帰してみたものの、やっぱり合わなくて脱サラを目指し迷走するブログ

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phaさんの出演した ノンフィクションについて色々と思うところあり

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

 

 

phaさんが出演されているフジテレビの「ザ・ノンフィクション」を先日見ました。

 

あの手のテレビ取材にありがちな、ニートってキモいよね感丸出しではなかったので安心しました。

 

でも、どことなく出演者の情けない部分ばかり強調されていたような気もします。お金の貸し借りの場面とか。

 

視聴者のサラリーマンには、おそらくニートのダメなところを見て、「サラリーマンは微妙だけどこいつらよりはマシだな」みたいな安心感を得たいというニーズがあると踏んで、そういう場面が作られているのでしょう。

 

うーん、なんていうか、単刀直入に言って、世の中のサラリーマンとphaさんのやっている事を比べた時、phaさんのやっている事の方が社会的に有意義なんじゃないかな?とか思ってしまいました。(もちろん人によりますし、比べるものでもないんですが)

 

現に私。私は、引きこもりの人や、ニートの人や、精神的にまずくなってしまった人を誰一人救うことは出来ないけれど、phaさんはそれが出来ているわけですよね。別にお金なんてなくても。これは中々すごい事だと思いますよ。

 

私はサラリーマンをやって、税金もきちんと納めているけれど、phaさんより社会の役に立っているかと言われれば、正直自信がない。

たぶん、そんなに役に立ってないんじゃないかな?

よっぽどの天才でもない限り、代わりなんていくらでもいるわけだし。

 

お金があっても、社会的に誰かを助けることが出来ないのであれば、出来る人にお金を渡して、代わりに行動してもらうとか、なんだかそれが正しいお金の使い方のような気もしてしまうんですよね。

 

phaさんが働いていたら、今みたいな事はたぶんやらなかったわけだし。

 

あとは、あれですね小林銅蟲さん。

 

奥さんがサラリーマンをして、銅蟲さんが漫画を描く生活を支えていたんですが、世間的な評価ではあまりよくない部類に入ってしまうんだと思います。

 

でもまあ、私みたいな代わりはいくらでもいる人間とは違って、ある種の才能を持っているわけだから、それも合理的な生き方なんじゃないかな? とか思ったり。

 

 

うーん、なんていうか、そもそも人が生きやすくする手段として、お金や会社、ひいては国家、社会があるはずなのに、逆にそれらに振り回されちゃっているのが、なんか変なところなんですよね。

 

最後に、税金がーとか働かない奴はーとか老後どうするのっていうありきたりな批判はなんなんですかね? 笑

あの人たちを無理やり働かせたところで、減税にはならないし、私たちの暮らしが楽になるわけでもないですよね?

老後が不確定なのは、私たち定職者もおんなじだと思うんですが。逆にコミュニティという資産を持っていない分、路頭に迷い易かったりして。

 

結局、自分が苦しいから、苦しんでない奴がムカつくっていうだけだと思うんですが。

 

いづれにしても、代替可能なパーツ人間よりも、phaさんの方が有意義なことをやってるんじゃない? って、なんだか自分のやってる事ってなんなんだろうと思ってしまいました。